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| 2003.03 MCRJ ニュースレターより |
| From MCRJ Members 会員投稿 竹田完二(46歳) ![]() 実はかなり緊張している。佐古田代表の暖かいお言葉に導かれ入会してしまったMCRJではあるが、何と言っても私の乗っている車は、・・・すべて・・・・大文字・のMINI COOPERなのだから。 それでは、自己紹介を兼ねて私のミニとの関わり等を、歴史を追って書かせて頂く事としたい。 私が初めてミニを知ったのは小学校の頃だったと思う。当時ミニに関する何らかの知識を得ていた私は、修理工場に停めてあったミニを発見し、友人に向かって自慢げに「これはミニクーパーといって、大きさは小さいが凄いスピードのでる車なんだ」と言ったは良いものの、ボディーの何処にもMiniとは書いておらず、自分でも自慢しながら不思議に思っていた記憶がある。 当時ミニがモンテカルロラリー等で大活躍していたという事実が私の記憶の中にはないのだが、今思うと当時は少ないながらも、そういったミニのニュースが知らず知らずに私の頭の中にも入っていたのだと思う。 また、「ミニミニ大作戦」という映画を見たことも当時の記憶として鮮明に残っている。映画館で見たのかTVで見たのかも忘れてしまっているが、当時はビデオも無い時代だったので、多分映画館で見たのでは無いかと思われる。金塊を強奪し逃げ回るストーリーと共に、ミニの走り回るカーチェイスシーンが果てることなく続き、下水道の中を走り回ったり、競技場のような建物の屋根に上がってにらみ合ったりしていた記憶は、それからずっと消えることは無かった。 このような幼少の原体験をもちながらも、次第におおきくなっていくに従いミニへの記憶は薄くなっていった。たまにルパン三世などに愛車として登場するミニに目を奪われたりしてはいたが、特に気にも留めていなかった。 高校に入り、世間一般の男の子同様、私はバイクに夢中になった。小さな原付車に始まり90cc、125ccとステップアップしていったが、大学に入り夢中になったのはオフロードバイクであった。単気筒の単純な構造のオフロードバイクは、貧乏な学生の身分も手伝って整備も自分でやることになる。 整備と言うよりは、動かなくなったバイクを自分の手で修理するだけのことであるが、当時はそれが当たり前であったと思う。機械いじりは好きだったが、素人の無い知識を絞りながら、動かなくなったときには、1.点火系(プラグの発火や点火時期調整)、2.燃料系(燃料の経路、キャブの調整)、この二つを行えばコンピュータの無い当時のバイクは99%、息を吹き返したものだ。 また、レースに憧れ市販のオフロードバイクをレース仕様に改造する事も行った。当時スティーブ・マックイーンの宣伝と共に登場したHONDA「エルシノア」という125ccのバイクは、フレームを含め競技用のレーサーと共通部品が多く、レース用のエンジンやマフラーなどをそのまま流用することができた。実際には資金や協力者の問題からレースに出場することは叶わず、もっぱら林道を駆け回ったり、河原の違法レース場で友人達とレースまがいの走りを楽しんでいた。 社会人になって金はある程度融通が利くようになると、今度は趣味に興じる時間が無くなった。しかし独身貴族という身分を活かして、1000ccクラスの大型逆輸入バイクを時々乗り回すという生活を送っていた。車はと言えば、兄がHONDAに在籍していたこともあって、F1に挑戦するHONDAを応援し、自らは「スペシャリティカー」なる国産車に乗っていた。 その後、結婚し財力にも余裕の無くなった私は、何時しかバイクにも乗らなくなり、極めてふつーのサラリーマン生活を送っていたわけだが2001年、私の幼い頃の記憶と共に私の前に現れたのが新型のミニだった。 そして夢中になった。新型ミニの情報と共にもたらされるミニの栄光の歴史。30年以上前に見たあの姿のまま生産が続けられ、2000年に生産を終了したその生涯。 そして今、目の前にある「新型MINI COOPER」。懐かしさと共に、複雑な思いのまま見つめるその先にあるものは、大きくなったとはいえ私にとっては紛れもなく魅力的な「ミニ」だった。 白い屋根、愛嬌のあるライトとグリル、切り立ったウィンドスクリーンに思いっきり踏ん張った脚、内装を見ても巨大なセンターメータやコックピットを思わせるようなトグルスイッチ。 「何んだ、このこだわりは・・・」 乗ってみると、そのハンドリングには驚いた。やわな国産車ばかり乗り継いできた私にとっては、まるでバイクで駆け回った頃を思い出させるような、「走ることが楽しいと感じられるハンドリング」。それもライントレースが楽しくなるような正確無比のハンドリングだった。 しかし、一部のMini愛好家から蔑視されている噂を聞いて悲しくなった。一部の新型MINIオーナーが生産中止となったMiniを無視するような姿も悲しかった。 車産業のグローバル化が進み、独の巨大メーカーがオーナーとなったとしても、これは現在も英国で生産が続けられているミニではないか。 そんな思いに駆られていた頃、佐古田代表と知り合う機会があり思いの丈をぶつけた。そして「ミニ好きであれば誰でも入会してください」という彼の言葉に、私の思いに間違いは無いとの確信を得て、私はMCRJの会員となった。 |